【比色定量法の活用方法】鉄定量キットの例

 金属元素の定量分析法としてキレート比色法は、液状呈色試薬と比色計、及び紫外可視分光光度計で構成されるためコスト自体が安く、また、基本的な化学の知識さえあれば概ね誰でも操作できます。試験管を自らの手で振る用手法であるがゆえに敬遠されがちですが、最近はディスポーザブルな試験容器、連続自動分注が容易なピペット(Pipetty, アイカムス・ラボ社製)、96穴ウエルのプレートリーダーなど、手短に実験できるツールが発達したために、用手法でも高精度な定量分析ができるようになってきました。

 比色法は“古い、簡単、手動”というイメージから精度、感度、正確さ、操作性が劣っているという先入観を持たれますが、しかし、その大半は感覚的なイメージが先行しているのが原因です。実際には煩雑な操作が少ないので初学者の方でも精度良く分析することができます。

【機器分析による鉄の精密分析法の長短】

 生体内の鉄の定量分析法として、原子吸光光度法(AAS)、ICP発光分析法(ICP-AES)、及びICP質量分析法(ICP-MS)が普及しています。AAS法は、試料中の未知の元素の同定には不適で、多元素同時定量も困難ですが既知の単元素を定量する方法として長らく利用されてきました。ICP-AES法は多元素を同時に検出することができ、その検量線のレンジはAAS法よりも広く、未知試料の分析には効果的です。対してICP-MS法はAAS法の約1000倍の感度を有するので優れた超微量分析が可能ですが、鉄の定量分析は得意とは言えません。例えばCa、Fe、As、Seのm/zはそれぞれm/z=40, 56, 75, 80であるので、このm/zでそのシグナルを観測しようとすると40Ar, 40Ar16O, 40Ar35Cl, 40Ar40Arのプラズマ源であるArに起因する同重体干渉や分子イオン干渉を受けるため、これらの元素の測定は基本的には得意ではありません(ただし、44Ca, 57Fe, 82Seなど干渉を受けない質量数を利用することによりこれらの干渉を回避することは可能)。前述のAAS法, ICP-AES法あるいはICP-MS法で生体内の鉄を定量する場合、有機物を完全に分解した試料でなければならないため必然的に試料中の鉄が有機、無機かかわらず総鉄量として求められることになります。

【生体中の鉄は総鉄量ではなく、遊離鉄の評価が重要】

 さて、図1及び図2に示されるように生体中の鉄はFe3+、Fe2+、あるいはヘム鉄、非ヘム鉄、タンパク結合鉄、遊離鉄のように、その化学種は異なり、機能も異なります。特に、生体内化学種としては非へム鉄である遊離鉄の定量的研究は意義深く、細胞内での様々な挙動を反映していることがたくさん報告されています。

 ここで、非ヘム鉄である遊離鉄を評価するためには、少なくともICP法やAAS法ではダイレクトには困難です。しかし、キレート化合物をセンサーとして用いた比色法は、有機物分解等の前処理を施さない場合は非ヘム型の鉄が定量される点で、「遊離鉄、解離可能な鉄、タンパク質と容易に相互作用している鉄、シグナル因子としての鉄」を標的とするのに大変都合が良いです。

鉄ロケーションマップ1
鉄ロケーションマップ2

【比色定量法におけるヘム鉄について】

 ヘム中のFeはポルフィリン環内に強く結合しており、たとえ強酸性下にしたとしても容易に解離しません(4。従って、対象試料中にヘムタンパク等が多く含まれる場合は、操作がやや煩雑となりますが、過マンガン酸塩や混酸の存在下で簡便に分解処理することが必要です (5。非分解試料で、吸光定量した場合は非ヘム由来の鉄として求められることになります。

【比色定量法による肝臓組織中の遊離鉄の評価】

 血清、血漿は清澄な液状試料ですが、実際の細胞研究では、組織、細胞ライセートのような固体粒子がリソースとなることが場面が多々あります。このような固体試料においては、希薄なTCA、あるいはpH2以下となるように希塩酸を添加し、あらかじめ試料組織からFeイオンとして溶液中に解離させ、これを遠心分離した後の上清を直接アッセイすることで、ノンヘムとしての遊離鉄を評価することができます。肝臓組織(Pig, ウエット)を5%TCAに溶解し、Feの抽出時間におけるICP-OES測定値、並びにFerrozine法、Nitroso-PSAP法による遊離鉄の測定結果を図5示します。5%TCAによる抽出の場合、おおよそ10分程度の抽出時間で見かけ上の抽出平衡に達することが分かります。初学者や機器分析が不慣れな実験者でも容易に組織中の鉄定量研究を実施することができます。この方法で迅速、且つ容易にスクリーニングし、有意差が観測されたら、より高度な機器分析により精密な検証をすると効率的です。

ブタ肝臓中鉄濃度

【比色定量法は高感度な定量法】

 ICP-AES法における前処理直前の出発試料量(採取時の試料量)は望ましくは5 mL以上必要です。この後、マイクロウエーブ分解や混酸分解を伴うため出発試料の10~50倍希釈された測定検体が得られます。出発試料でのFe濃度が100 ppbの場合、測定時は2~10 ppbまで希釈されるので、結果的に測定装置の下限感度付近となってしまうことがあります。一方、比色定量法の場合はFerrozineもNitroso-PSAPもモル吸光係数が10,000を超えており、Abs=0.01(実用上の下限の吸光度)を得るためのアッセイ系(反応系)における鉄の最終濃度は1μM(5 ppb)です。Nitroso-PSAPをベースにした用手法キットであるメタロアッセイ鉄LS(Metallogenics製)のデフォルトの操作パラメーターを例にすると、出発試料における鉄濃度が100 ppbであった場合、アッセイ系では16倍希釈されることになるので約6 ppbとなり、観測に十分な感度を得られます。次に、ICP-AES法と比色法のそれぞれ必要な出発試料の量を比較すると、マイクロウエーブ分解を適用させるICP-AES法では5~10mL以上、ダイレクトアッセイである比色法では10~20uLとなります。どちらの方法を利用するかについて、定量感度の比較だけで判断するべきではない事が分かります。多元素を網羅的に研究する場合は、多元素同時定量が可能な特性を活かしたICP-AES法を、小動物の随時尿、培養細胞、精製タンパク、唾液等の一度に少量しか採取できない場合、マススクリーニング等のスピードやコストが要求される場合には微少量、且つ迅速で安価に直接定量ができるマイクロプレートリーダーによる比色法をぜひ活用してみてください。弊社メタロアッセイ鉄LSはFerrozine法、Nitroso-PSAP法のReady to useキットである。また、自動分析用試薬キット、尿中鉄測定キットなどきめ細かくラインナップしています。ご研究の目的に合わせてご利用ください。

より詳しい報告は以下の文献をご参照ください。

鈴木裕子, 大槻 透, 伊藤奈月, 佐藤文平, 小出和弘, 岩渕拓也, 生体鉄研究に適用できるカラーメトリーアッセイと新規なプローブの活用法, 細胞46(1), 2014.

【参考文献】

  • 1) Lawrence L. Stookey, “Ferrozine-A New Spectrophotometric Reagent for Iron”, Anal. Chem., 1970, 42, 779
  • 2) C. R. Gibbs, “Chracterization and Application of Ferrozine Iron Reagent as a Ferrous Iron Indicator”, Anal. Chem., 1976, 48, 1197.
  • 3) J. C. Thompsen and H. A. Mottola, “Kinetics of the Complexation of Iron(II) with Ferrozine”, Anal. Chem., 1984, 56, 755.
  • 4) S.S. Panter, “Release of iron from hemoglobin”, Methods Enzymol. 231 (1994) 502–514.
  • 5) J. Riemer , “Colorimetric ferrozine-based assay for the quantitation of iron in cultured cells”, Analytical Biochemistry , 331 (2004) pp370–375
  • 6) J. M. White and H. A. Flashka, “An Automated Procedure, with Use of Ferrozine, for Assay of Serum Iron and Total Iron-Binding Capacity”, Clinical Chemistry, 1973, 19(5), 528
  • 7) 斉藤幹彦, 堀口大吉, 喜納兼勇, “新規水溶性ニトロソフェノール誘導体による微量鉄(II)の吸光光度定量”, 分析化学, 1981, 30, 635.
  • 8) I. Yoshida, F. Sagara and K. Ueno, “Potentiometric Studies on the Binding Properties of Protons, Some Divalent and Tervalent Metal Ions with 2-Nitroso-5-(N-propyl-3-sulfopropylamino)phenol”, Anal. Sci., 1988, 4, 69.
  • 9) 徳井健志, 奥田潤, “ヒト血清蛋白結合性Fe2+, Fe3+(第3報)-Nitroso-PSAPを用いるFe2+, Fe3+の分析法-”, 日本臨床化学会年会記録 第26集, 1986, 158.
  • 10) 米山正芳, 稲村美霞, 原田喜代子, 大藤弥穂, 江上照夫, 佐藤博子, 岸野智則, 大西宏明, 渡邊卓, 副島昭典,”Nitroso-PSAP法を用いた尿中鉄の測定について” 臨床病理, 2004, 52, pp5122.