バイオマーカーとしての微量元素

  ヒトを含む哺乳類は,アミノ酸,核酸,タンパク質,脂肪,糖から構成され,生命活動を繰り広げている。これらの生体分子は無尽蔵に存在する,酸素(O),水素(H),炭素(C),窒素(N),リン(P)およびイオウ(S)の 6 元素 により作られている。人体の 96%以上を占めているのが O, H, C, N の 4 大元素である。これらの 6 元素に,カルシウム(Ca),カリウム(K),ナトリウム(Na),マグネシウム(Mg),及びアルミニウム(Al)を加えると 11 元素となり, 人体の 99.3%を占める。しかし,正常に生存していくにはこれらの 11 元素のみでは不十分であり,さらに極微量に存 在する鉄(Fe),亜鉛(Zn),マンガン(Mn),コバルト(Co),銅(Cu),モリブデン(Mo),ニッケル(Ni),ヨウ素(I),ケイ素(Si),クロム(Cr),セレン(Se),フッ素(F)の 12 元素が必要である。これらの 12 元素は,酵素やタンパク質のコファクターとして存在し,活性中心として酵素反応に直接的に作用したり, タンパク質の立体構造を構成したりすることで重要な生理機能の発現に関与しており,総括的に必須微量元素(Essential trace elements)と呼称さ れる 1)。そのうち金属元素については,一般的に「ミネラル,微量金属」と呼ばれている。微量金属は診断マーカーとして古くから活用されているが,1 マーカー 1 疾病のような確定診断マーカーではなく,1 マーカーで多数の疾病を診断する鑑別診断マーカーとして利用されている側面がある。診断マーカーとしての新規性はないが,測定技術の汎用化に併せて,その臨床研究も確実に進歩しており,新たな診断指標としての利用が提唱されている。

【カルシウム(Ca)の測定意義】

 カルシウムは骨格,軟組織の形成に重要な元素である。体内のカルシウムの 90%はハイドロキシアパタイトとして骨に存在し, 1%が細胞内, 0.1%が血中に存在している。生理的機能としては,細胞中の浸透圧調整,血液凝固,筋委縮,神経刺激,酵素の活性化などに関与している。血中のカルシウムは 45%がアルブミン,グロブリンと結合しており,10%がリン酸塩, 45%が遊離イオンとなっている。血清カルシウムが低下すると,副甲状腺ホルモンが分泌され, 骨吸収, 腎臓での再吸収,活性型ビタミン D の生成に伴う小腸からのカルシウムの吸収が促進され, 血清中の濃度が上昇する。血清中のカルシウム濃度が高くなると, 甲状腺からカルシトニンが分泌され, 骨吸収が抑制され, カルシウム濃度が低下する。このような機構により血清中での濃度は厳密に調節されており, その正常値が狭いレンジで推移している。低カルシウム血症としては, くる病, 骨軟化症, テタニー, 骨粗しょう症, 動脈硬化を起こす。高カルシウム血症では抑うつ, 意識障害, 疲労感, 知覚過敏, 不整脈, 高血圧などに関与することが知られている。

【マグネシウム(Mg)の測定意義】

 マグネシウムは細胞内陽イオンの中でもカリウムの次に多く含まれ, DNA, RNA, ATPに関連するポリリン酸プロセスや葉緑素などのコファクターとして多くの代謝反応に必要不可欠な元素である。また, マグネシウム化合物は緩下剤, 中和剤として用いられおり, 神経刺激, 血管子癇の安定性を調節する役割を果たしている。Malabsortion症候群, 利尿剤・アミノグリコシド治療剤, 副甲状腺機能亢進症, 糖尿病のアシドーシスではマグネシウム濃度が低値を示す。一方, 尿毒症, 慢性腎不全, 糸球体腎炎, アディソン病, 抗酸性治療では高値を示す。

【鉄(Fe)の測定意義】

 鉄(Fe)は重要な構成元素として多くの酵素中に含まれている。血清中の鉄はトランスフェリンと結合しており, ミオグロビン, ヘモグロビンなど, 鉄を必要としているグロビンタンパク質の合成のため, 赤芽球や各組織へ輸送される。酸素を輸送するタンパク質の生成には鉄は不可欠であり, その欠乏は鉄分欠乏性貧血, 慢性出血性貧血, 感染性の貧血を引き起こす。また, 肝炎, 肝硬変などでトランスフェリンの増加と高濃度の鉄が観測され, 再生不良性貧血, 悪性貧血なども鉄の増加を示す。また, 鉄と結合していない遊離トランスフェリン量の指標である不飽和鉄結合能(UIBC)は, 血清鉄の値と合せて鉄代謝異常, 血液疾患, 肝疾患, 腫瘍, 炎症などのマーカーとなる。UIBCは鉄が欠乏した状態で高値を示し, 感染症, 炎症, 悪性腫瘍, ネフローゼ症候群, 低タンパク症状では低値を示すことが知られている。

【銅(Cu)の測定意義】

 銅(Cu)を含むタンパク質の主な役割は, 酸化還元機能である。現在知られている銅を含む酵素の殆どが分子状酸素と直接反応する。プラズマ中の銅のおよそ 95%はα-2-グロブリン, セルロプラスミンおよびフェロキシダーゼ活性を持つ酸化酵素と結合している。銅の欠乏に関連する病気として, 心臓疾患, 骨粗しょう症, 骨関節炎, メンケス症候群, ウイルソン病などがある。また, 生体内の抗酸化機能の低下についても報告されており, 一方, 過剰の銅は有毒となる。

【亜鉛(Zn)の測定意義】

 亜鉛は 200 種類を超える金属酵素を構成しており, 核酸, タンパク質の合成に関わる元素である。特に細胞の複製には不可欠であり, 哺乳類においては成長期の急性的な亜鉛欠乏により皮膚や毛髪の障害, 発育遅延などが報告されている。従って, 亜鉛の適切な供給は身体の健全な発達に重要である。近年, 医学, 栄養学的研究において, 一層注目されている微量元素である。

鈴木裕子, 大槻 透, 伊藤奈月, 佐藤文平, 小出和弘, 岩渕拓也, 生体鉄研究に適用できるカラーメトリーアッセイと新規なプローブの活用法, 細胞46(1), 2014.

【参考文献】

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